和気町歴史民俗資料館コラムvol.13

 こんにちは、学芸員のナカムラです。

 

 前回に続き「和気の和紙」のお話をしたいと思います。

 今回はその原料のひとつ、雁皮について。

 和紙の原料は、楮・三椏(みつまた)雁皮(がんぴ)・麻・桑など様々なものがあります。

和紙の原料と特徴

 前回のコラムで少し触れましたが、楮は栽培に適しており毎年収穫できることから量産が可能だったのに対し、雁皮は成育が遅く栽培が難しい品種のため、和気町でも昔から山採りに頼っていました。

 昭和20年代頃までに生まれた人の中には、子どもの頃学校から帰ったら山へ入り、雁皮を採集してはお小遣いをもらっていたという人が少なくありません。「商店に持っていくとお金をもらえた」「雁皮を集めているおばあちゃんがいた」「そこらへんに雁皮が生えて(自生して)いた」そうで、今から60年くらい前までは“和気町産”の雁皮が出荷されていたことがわかります。

 ちなみに、現在でも雁皮は町内の山々で自生しているのを確認することができ、線路沿いには楮もまだ残っていると聞いたので、今度探してみようと思います!

原料繊維の特徴用途栽培
太く長い・強靭障子紙・表具紙・傘紙 など
三椏細く柔軟・艶がある紙幣・印刷用紙・美術工芸紙 など
雁皮細く短い・強靭・ 光沢があり蝋分を多く含む紙幣・高級和紙 など×

 さらに和気町と雁皮のつながりを伝える資料が、和気町尺所の旧大國家に残されています。近年の古文書調査によって、江戸後期に運送業・酒造業で栄えた同家では2代目当主武兵衛(1741-1797)以降明治初期まで、雁皮の売買もしていたことが判明しました。どこから雁皮を仕入れていたかは明確ではありませんが、旧大國家から出荷された雁皮は県内の他、名塩(兵庫県西宮市)や大阪方面へ出荷されていたようです。名塩では雁皮を原料とする名塩紙及び藩札の製造が行われていたことから、和気から送られた雁皮もその原料とされたのではないかと考えられます。

 いつの頃からか子どもたちは雁皮によるお小遣い稼ぎもしなくなり、製紙産業が衰退した昭和40年頃を境に「和気と和紙」の関わりは徐々に薄れてしまいました。現在では、町内で紙を漉いていたという歴史を知らない人も少なくありません。

 このような、かつてのこの地にあった伝統技術や文化を“なかったこと”にしないために、実直に記録・保存し、これからもこのコラムのように何かのカタチに残して伝えていくという大きな役割を歴史民俗資料館は担っていきたいと思います。

<参考資料>

和気郡史刊行会2002『和気郡史 通史編下巻Ⅱ』

私立和気郡教育会1973『和気郡誌』

仙田実1980『和気の歴史』

和気町歴史民俗資料館2002『ふるさと和気−民話編−』

<参考サイト>

CanonCreativePark(https://creativepark.canon/meiga/blog/314/)(2026-2-13参照)

アワガミファクトリー(https://www.awagami.or.jp/awawashi/genryo.html)(2026-2-13参照)

全国手すき連合会(http://www.tesukiwashi.jp/p/SHURUI.HTM)(2026-2-14参照)